「食」の歴史から学ぶ、人が現代の生活スタイルに適応できなくて当たり前な理由

こんにちは、江藤です。

近頃、すっかり暖かくなってきましたね!

 

 

僕は最近、自宅から徒歩5分の公園で
桜を見ながら仕事をするのが日課になっています^o^/

今の時期しかできない贅沢ですよねー。
最初に桜を見た人は、本当にビックリしただろうなーと感じます。

さてさて、そんな中、
最近僕は、「食」について結構勉強をするようになりました。

(食をテーマにしたブログも最近2日でババっとつくったりしました。)

なぜかというと、
食べたものを中心に僕たちの体はできて、活動をしている訳なので、
食が、そのままビジネスや仕事に直結するといっても過言ではないと思うのです。

だからこそ、食のことを知らない状態で
ビジネスをしているというのはもったいないと感じたんですね。

また僕は元々「食」には興味があって、
それは、中学時代に食に過剰反応したことで
拒食症のような状態になったことがきっかけでした。

それを克服して以来、
僕は中学から高校の前半にかけては
「栄養士になりたい」とすら思っていたこともありました。

僕自身、そんな背景もありつつ、
再び、食への勉強意欲に火がついてしまったのです笑

 

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さて、勉強していく中で、僕自身も結構想像以上だったのが、
「『食』の歴史」から学べることって、ものすごくあるということ!

本当に調べれば調べるほど、興味深いのです。
なので、今回はそれらを軽くシェアしたいと思います。

さて、僕たちの食の歴史を大きく変化させたもの、
その1つに「穀物」があります。

そもそも、
人類が誕生して700万年の歴史があるのですが、
その中で「農耕」をするようになったのは
今から1万年前と言われています。

つまり699年間、人は肉や魚を食べていた肉食動物でした。

日本では、
縄文時代は肉や魚を狩りして食べる、狩猟生活でしたが、
渡米人が稲作を伝えて、「農耕」が始まったことで、
弥生時代になったと言われています。

実は、そんな「農耕」が、
人の生活スタイルや生活リズムに大きな変化をもたらし、
現在の生活システムをつくったんです。

では、どんな変化があったのか?

まず、大きな変化が
「移動生活」から「定住生活」になったということです。

肉や魚を食べる狩猟生活は、
同じ場所にいても、狩りに限界があるわけなので、移動生活がメインでした。

しかし、農耕をするようになってからは、
同じ場所にずっといる必要があるので、
「定住」をする生活スタイルに変化しました。

これ、一見ちょっとした変化に思えますが、
実は革命的な変化なんですよね。

例えば、
同じ場所でトイレをするというのは、
本来移動生活をしている動物には結構大変なことで、

イヌやネコなんかは、
本能として定住する動物なので、
一箇所でトイレをするのって、結構すぐに覚えるんですよね。

でも、人間って
赤ちゃんの時はオムツをしないといけないし、
子供の時はオネショをしたりもします。

なので、遺伝子レベルでみたときには、
人間は移動生活に適応されているとも言えるのです。

そんな僕たちが、定住生活をしているのも
「農耕」を始めたことが影響している訳です。

そして、農耕をしたことで、
「集団生活」をすることになりました。

狩りとは違って、
農耕にはある程度の人数が必要になってくるし
効率がいいわけなので、集団生活が始まっていきます。

そうなってくると、
ルールをつくったり、協調性を求められる環境になってきます。
これもかなりすごい変化だっただろうと考えられます。

また、時間感覚も変わってきます。

狩りの時は、「現在」が一番大事でした。
「今日どれだけ狩りができるか?」というのが重要なわけです。

しかし、農耕をはじめてから
1年という長いスパンで時間を見たり、
未来を見据えて計画するという時間感覚がより強化されました。

さらに、1日3食という概念も
日本ではお米を食べるようになってから生まれたものと言われています。

こんな風に、
「農耕」、そして日本では「お米」が
人の生活を、本当に大きく変化させたということと言えるのです。

ここでポイントなのは、
700万年の内、農耕の歴史は1万年しかないということです。
そして、本格的に根付いてきたのは数千年前。

つまり、僕たちの遺伝子情報には、
狩りをして肉食をしていた時の情報がプログラムされているということです。
人の遺伝子は、この時からほとんど変わっていません。

なので、現代の生活スタイルは
遺伝子レベルには最適化されていないということなのです。

確かに、
人が農耕を初めてから、文明が急速に発展し、
様々な進化を遂げてきました。

現代の日本の歴史はお米とともにつくられたといっても
過言ではないでしょう。

だから、お米にはすごい情報が盛り込まれているし、
その分、ものすごいエネルギーを生み出す食事です。

昔はお米が年貢として、お金のように扱われたり、
神が宿るとして、まつられたりしました。

現在の日本食でお米が必ずあるのは、
こういった歴史があるからでしょう。
僕もお米は大好きだし、感謝するべき食べ物だと思っています。

しかし一方で、遺伝子レベルでみたときには、
お米があるときの生活スタイルではなく、
肉食時代の生活スタイルが僕たちの遺伝子には組み込まれています。

なので、人の体は、実は糖質を食べなくても
脂質とタンパク質でエネルギーはつくられるようにできているし、
現在ブームの「糖質制限ダイエット」もこういった背景があります。

これらを踏まえて僕が言いたいのは、
「お米は食べたほうがいい、食べなくてもいい」
ということを言いたいのではなくて、

人が狩猟生活だった時の

「移動生活だった」「集団生活ではなかった」
「過去や未来より現在を最も大事にしていた」
「食事のタイミングは1日3食ではなかった」

という遺伝子情報が、
現在の僕たちにもプログラムされている以上、

今の生活になかなか馴染めなかったり、
なんとなく違和感を感じたり、
縛られているような感じがあるのだとすれば、

それは、ある意味当然だということなのです。

だからこそ、もしそういう時は、
遠慮なく自分の遺伝子に従えばいいと僕は思うし、
無理に適応しようと思わなくてもいいわけですよ。

「定住」も「集団生活」も
「計画性」も「1日3食」も
農耕が始まってから、決められたルールに過ぎません。

当然、それがあっている人もいるとは思うのですが、
もしなかなか上手く適応できない場合は、

その枠に入らなくても、
自分自身の声に(つまり遺伝子に)従えばいいと僕は思います。

もちろん、僕は定住しているし、
チームでビジネスもしています。

そして、これらはお米とその歴史から長年築き上げられた
非常に大切なことです。

だからこそ、完全にルールから外れる、というよりは、
違和感や、なんとなく無理に適応しようとしているなという場面に、
「遺伝子に従う」という選択をするといいと僕は思います。

 

食の歴史というのは、深く僕たちの今の生活に根ずいていると考えると、

より、食を学ぶことは、ビジネスや生きるヒントを得られると感じました。

こんな具合で、

他にも「食」から学ぶことはものすごく多いのですが、
ちょうど「体を整理する」という趣旨にあっているので、
パズルの企画で色々シェアいこうと思っています。
講座メンバー(パズメン)は楽しみにしていてください!

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