江藤誠哉のプロフィール

こちらのページでは、江藤誠哉の現在と、
“これまで”と”これから”を綴った自己紹介をさせて下さい。

江藤誠哉の“現在”

「システム開発事業」を夫婦で経営する“事業家”として、1万4000名を超えるユーザーさんのネット集客をサポートし、これまで十数億円に昇る売上に貢献。

一方で、FX・株式・仮想通貨などを運用する“トレーダー”として、利益額を再び事業へ還元する、循環モデルを実践。

同じく起業家の妻と、0歳4ヶ月の娘による3人家族。

独身時代は2年間の海外バックパック生活を経て、
結婚後はマレーシアやシンガポールを始め、今は京都在住と
国内外を旅するように移動して暮らす。

夫婦で事業を共同経営し、ビジネスによる価値提供を高めながら、旬と土地を感じる”食”・感性と偶然に出会う“旅”・子と共に経験する”子育て“など「こころ豊かな暮らし」を、日々丁寧に、深め愉しむ。

そんな、人生を味わいつくす情熱の元、
“自分自身の人生を、自らデザインする”「ライフデザイン」
家族で実践・提案している。

江藤誠哉の“これまで”と“これから”

自殺願望→NYブロードウェイの衝撃

ビジネスやトレードを行う息子とは裏腹に、
母は歌手、父は彫刻家の芸術一家の元、京都に生まれる。

両親が“自己表現”を仕事にする中で、自分は何を表現していいか分からないモヤモヤ感を抱く。

そのせいか、中学時代は拒食症でガリガリになったり、
高校時代は、ニキビが大量にでき、人の目を見て話せなくなり、
大学時代は、学校にいけなくなり、どうやって自殺しようか考えるようになる。

そんな矢先、NY郊外で農業を営む日本人家族とご縁ができ、3週間滞在。
NYのブロードウェイを見た時に、
「一歩踏み出すと、こんなに広い世界があるんだ!」
と衝撃を受け、人生のターニングポイントとなる。


自己表現は、デザイン→音楽→そしてビジネスへ

以降は、自分のやれる事から自己表現をしようと思い、大学生の若さ有り余るエネルギーをふんだんに投入。

  • 知り合いのHP制作やフライヤーを作成し、報酬をもらえるレベルになったり、
  • パソコンで音楽がつくれるようになり、自分の音楽が「京都地下鉄の予告音」に採用されたり

など、少しずつ自己表現が出来る様になっていく。

現在も電車が来るたびに音楽が流れています

そして、大学3回生の就活の時期に、会社員ではない両親の影響と、
ビジネスに興味を持ち始めたタイミングも重なり、

ーーー

自分はビジネスの分野で自己表現をしたい!
両親が芸術の世界で、作品を作るように、
ビジネスの世界で、自分の作品を作って、社会に価値提供したい!!

ーーー

と、起業を決意する。

大学4回生時に「フリーランスデザイナー」として起業。
HPのデザインとプログラムを中心とした仕事を開始する。

一見華々しく見えた起業の世界だった。

しかし蓋を開けてみると、
2000円で名刺を何回も作り直したり、一晩で徹夜してHPをつくったり、
“下請けの下請け”と言える低賃金の仕事を、寝る間もなく行う日々が続き、
体調を壊すと同時に、「このままではいけない」と悟る。

当時のオフィス。 カメラマンの方と2人でシェアしてました。

30万円の全額投入から、売上1億円へ

そんなある日、ふと手に取った本で、メルマガでの情報発信ビジネスと出会った事で、ビジネスが飛躍。

当時、なけなしのお金だった30万円を全額投入しビジネス塾に入る。

人生をかけて取り組んだ結果、
3ヶ月後には月5万円の副業収入、
半年後には単月で100万円の売上、
さらには法人化し、1年目で年商3500万円の事業となる。

その後「LPテンプレート『カラフル』」というシステムを開発リリース。

このシステムがリリース7周年、販売本数が14,000本以上、
売上1億円越えのロングセラー商品となり、
現在もコンスタントに販売を伸ばしつづける主力事業になる。

システムを通して、

  • オンラインビジネスにLPを活用し、1回のプロモーションで2億円以上を売り上げた方
  • 広告を活用した集客の仕組みをLPで作り、1件100万円以上のサービスを自動で販売できるようになった福祉事業者さん
  • LPからの集客の導線を作った事で、毎月の自社集客が30%増加した美容室さん

など、14,000名を超える多業種のユーザーさんの、
ネット集客とビジネスの売上をサポートし、
その貢献額は、数億円〜十数億円までに昇る。


ビジネスの世界での“作品づくり“

この頃から、起業する時に決意した
「ビジネスの世界で自分の作品をつくり、価値提供する」
という思いが、徐々に現実となっていく。

そして以降は、「作品をつくる」という意識が強くなり、

ーーー

  • 『オンラインコンテンツ』という作品を通して、
    「集客数が2.4倍、売上が8ヶ月で10倍になった美容系コンサルタントさん」
    「売上が8倍になり、お客様から感謝の声が多数くるようになったサプリメント会社さん」
    など、多業種のクライアントさんをサポートしたり、
  • 『投資のルール』や『投資のポートフォリオ』という作品を通して、
    投資やトレードの利益を、再び事業資金に還元できるようになったり、
  • 演劇劇団を立ち上げ、『演劇』の作品を企画し、
    かつて「笑っていいとも!」の会場だった、新宿スタジオアルタに、
    6日間で1000人以上をリアル集客動員し、 某演劇サイトランキングで1位を獲得したり、
  • 『ランニングコミュニティ』という空間としての作品をつくり、
    ランニング初心者を、半年間でフルマラソンを完走するまでサポートし、
    ハワイのホノルルマラソンを、参加メンバーと一緒に走ったり、
  • 『自分の人生自体も作品だ!』と思い、
    海外2年間ホテルを転々とする、住所不定のバックパック生活を実践し、メルマガで発信したり、

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など、様々なスケール感で自己表現し、
“自分の創造物=作品”を通して、他者のニーズに応えたり、楽しんでもらえたり、
価値提供できる事の充足感を覚えていく。


2年間の海外バックパック→セミリタイア生活

その後は、2年間の海外バックパック生活を経て、マレーシアに定住。

55階建ての屋上プール付きコンドミニアムの45階に暮らし、
ビジネスは仕組み化され、何もしなくても毎月収入が入ってくる状態。

毎日11時まで寝て、軽いブランチを食べ、
午後からは、ホテルラウンジまでタクシーで移動し、
本を読んだり、パソコンをしたり、ゲームをしたりする日々を送る。

今思うと、まるでセミリタイアしたような生活を送り、
数年前に憧れていた”自由なライフスタイル”を実現したような気分に浸る。

当時住んでいたマレーシアのコンドミニアム

”29歳童貞“

しかし同時に、一種の閉塞感も覚えだす。
、、、、
何かが足りないような、、、、
、、、、
、、、、、あっ「彼女」の存在だ!と気づく。

当時、29歳まで一度もセックスをした事がない、恋愛経験ほぼ0の童貞。
さらにマレーシア定住のため、ますます日本人女性との出会いがない。。。

でも、何かしないと始まらないと思い、
色々な段階をすっ飛ばし、一先ず「結婚相談所」に登録する。
しかし、この選択によって、今の妻と出会い、人生が大きく変わる。

同じく起業家である妻とは、シンガポールで出会った瞬間、お互いに「この人と結婚する」と確信。

1ヶ月後に結婚を前提に付き合い、
2ヶ月後には両親の顔合わせ後、マレーシアで同棲開始。
6ヶ月後には結婚し、1年後に妊娠。
現在は0歳4ヶ月の娘と共に、3人の家族となる。

独身時代は、毎日11時起き→昼からゲームという生活が、
今では、

朝5時に起きてトランポリン→午前中は仕事に集中
→昼からは家族の時間や事業チームとの会議→夕食をつくる
→夕飯後は娘をお風呂に入れる→10時前には就寝

というスケジュールとなり、
人生が”自分1人だけもの”ではなくなるが、
それが、とても心地よい事に気づく。


世界観が「私」から「私たち」へ

これまでは、ビジネスや人生における「作品づくり」を、1人の世界観でとどめていた。

しかし、


「作品って、1人で作らなくていいんだ! いや、むしろ
これからは、1人では実現できない作品をつくっていきたい」

と強く思うようになる。

そこからは、

  • 今まで1人で完結していた事業や情報発信を、妻と一緒に行うようになったり、
  • 事業を組織で展開する事で、今までは出来なかった価値提供ができるようになったり、
  • 家族単位で幸せや豊かさを追求し、自分たちのライフスタイルをデザインしたいと思うようになったり、

など、今まさに、ビジネスや人生が、
『私』から、家族や組織など『私たち』という単位に変わっている最中である。

今後、そんな『私たち』が、目指しているのは、

「ビジネスや人生の中で創造していく、あらゆる“作品”を通して、
他者のニーズに応えたり、価値提供したり、様々な形で社会に貢献する」

という事。

その情熱の元、日々思考と行動と魂を磨いている。