枠に対する敬意と憎悪【色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年/村上春樹】

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最近、村上春樹さんの、新刊である、

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」
を毎晩読んでます。

僕は、中学から村上春樹さんの本にはまって、
ほとんどの作品は読みました。

そんな彼の新刊は、いつも楽しみにしていて、
今回の即購入し、読んでいます。
昨日も、面白すぎて、夜中の3時まで読んでしまいました笑。
(僕は、本を読むスピードが遅いので、まだ半分も読めてません。)

さて、昨日読んでいた中で、
主人公である、大学生の多崎つくると、
その友人の灰田による会話で、

灰田が、「常に自由でありたい」といったことから、
「自由」というものを言及するシーンがありました。

これが、結構面白かったので、シェアします^ ^

「束縛されない状況にいつも身を置いて、自分の頭で自由にものを考える」
これが灰田の望んでいることです。

そして、「自由な環境と時間を手にする事」。
(ここで、僕は「だったらネットビジネスやったらいいのに。」と思っていた笑)

これについて、彼自身、「枠」というものについて語っています。

以下、引用
——

どんなことにも、必ず枠というものがあります。
思考についても同じです。

枠をいちいち恐れる事はないけど、
枠を壊す事を恐れてはならない。

人が自由になるためには、それが何より大事になります。

枠に対する敬意と憎悪。
人生における重要なものごとというのは、常に二義的なものです。

——

これは、僕が伝えたいこととよく似ていて、
僕は、この「枠」を『固定概念』と呼んでいます。

この思考に置ける固定概念を捨てる(壊す)ことが、
自由でいることの一番重要な要素です。

しかし、この固定概念(枠)を恐れるのではなく、
ただ捨てるべきものではなく、
敬意を払う必要があるとも思っています。

そもそも、
人の「固定概念(枠)」というのは、
とても重要な役割を担っています。

簡単にいうと、

「こうでなければならない」とか
「こうであるべきだ」という感覚です。

これはあることで、「秩序」というものが存在しているからです。

しかし、自由という観点でいうと、
これをどれだけ捨てられるかが大切だと思います。

「自由」というのは、人それぞれ違うけど、
ここでいう『自由』は、「精神的」「時間的」「経済的」自由です。

この考えを僕は、「脱固定ライフ」といって、
実践、提案をしているということになる訳です。

本を読む事で、それを再確認できたことに
嬉しく思いました。

本や、音楽などは、ホントに自分自身の幅を広げてくれるし、
何より、表現法を学べます。

ある分野に重きを置いて、仕事や生活をしていると、
どうしてもその分野だけを見てしまいがちになるけど、

その「枠」からも外れて、様々な分野から気づけることは、
多いです。

この感覚を僕はずっと持っておきたいと感じています。

村上春樹さんの新刊、おすすめです!

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

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