オリラジの『PERFECT HUMAN』を許容できる人と、できない人

先日まで香港に行っていたのですが、 
無事日本に帰ってきまして、 
 
今日の午前中は 
ジムでランニングと筋トレをして、 
そして、洋食屋さんでランチを食べていました。 
 
 
 
 
すると、 
その洋食屋さんの店内BGMで流れてきたのが 
 
今超人気になっている 
オリラジの『PERFECT HUMAN』だったのです笑 
 
 
 
「あっ、これ店内BGMにするんだ!ww」 
と、思わず吹き出しそうになったのですが、 
それくらい、今巷で話題になってるんじゃないかと思います。 
 
 
 
 
 
 
もしかしたら知らない方のため、軽く説明すると、 
お笑い芸人の「オリエンタルラジオ」の新ネタなんですよね。 
 
Youtube動画を貼っておきますので、 
百聞は一見に如かずかと。 

 

(本当はサングラスかけているやつの方が 
 個人的には面白いんですが、一応公式動画を貼っておきます。) 
 
 
 
 
動画を見ていただいたら分かると思いますが、 
お笑い芸というよりは、音楽パフォーマンスって感じで、 
なんとiTunesのランキングでも1位をとっているほどなんです。 
 
 
しかも完成度が結構高くて 
(音楽はカンナムスタイルのパロディと言われています) 
そのギャップに笑ってしまう、という感じなんですよね。 
 
 
 
 
 
 
 
さて、そんな中、 
ここまで斬新なネタで話題になると、 
どうしても批判的意見みたいなものも出てくる訳ですね。 
 
 
コメントなどでも 
 
「お前らは芸人なんだから、お笑い芸をやるべきだろ」とか 
「お笑い芸人が、音楽をやるべきじゃない」 
「音楽つったって、カンナムスタイルのパクリじゃねーか」 
「歌手じゃない人が中途半端に音楽をするのは、音楽業界をけなしている」 
 
など、というような意見を伺えたりします。 
 
 
 
 
 
 
 
で、僕はこういう意見を見て、 
 
「これって、多くの人の典型的思考だよなー。 
 もっと柔軟に考えた方が、人生夢に溢れるのになー。」 
 
と思うんですよね。 
 
 
 
 
でも、これは仕方ないことで、 
多くの人は、 
 
「〜〜〜するべき」 
「〜〜〜しないといけない」 
 
というフィルターで、相手を見たり、 
さらに、自分までも縛りつけてしまうんですよね。 
 
 
 
 
しかし、この思考から脱する人が 
ビジネスでも、ビジネス以外でも、 
 
柔軟に物事を考えたり、業を起こしたりできると 
僕は考えているのです。 
 
 
 
 
ですので、 
最低限このメルマガを読んでいただいている方には 
ぜひ脱してもらおうと思い、今回のテーマに取り上げてみます^ ^ 
 
 
 
 
多くの人は、例えば、 
 
「お笑い芸人は漫才をやるべき。他のことをやるべきじゃない」 
 
「自分はこの肩書きを名乗っている以上、〜〜はしてはいけない、〜〜をするべき」 
 
他にも 
「男だから、女だから、月収〜〜万だから、今までこんな経験をしてきたから、 
 この年齢だから、ここに住んでいるから、こんな環境だから・・・・・・・」 
 
と、こんな感じで、 
相手や自分を縛るんですよね。 
 
 
 
 
 
 
このように縛ることで、 
どんなメリットがあるかというと、 
 
自分自身や相手における 
許容範囲からくる「安心感」です。 
 
 
 
 
 
例えば、 
「オリエンタルラジオは『お笑い芸人』だ」 
という認識を持っていると、 
 
オリラジがテレビに出た時には、 
「お笑い芸人」というフィルターでオリラジを見ています。 
 
 
 
 
なので、オリラジが 
いつもどおりお笑いをすると、安心するわけです。 
それは自分の許容範囲に起こっていることだからです。 
 
 
 
 
 
そんな中で、 
今回のように、急に歌やダンスのパフォーマンスが始めると、 
 
「オリエンタルラジオは『お笑い芸人』だ」と見ている人にとっては 
自分の許容範囲を超えるので、違和感を覚えるのです。 
 
 
そして、 
この違和感を取り消したいと思うので、 
潜在的な反発意識が生まれてしまいます。 
 
 
 
 
人は、違和感を覚えると、その違和感を消して、 
元の状態に戻そうとするように出来ているそうです。 
 
つまり、潜在意識内で『現状維持』をしようとするわけです。 
(以前お伝えした、コンフォートゾーンの話にも類似しますね。) 
 
 
 
 
 
 
 
で、今回のPERFECT HUMANを見て、 
違和感や反発意識が生まれる人は、 
 
「オリエンタルラジオは『お笑い芸人』だ」 
 
という抽象度の低さで見ている人です。 
 
 
なので、 
自分の想定外のことをされると、許容できない訳です。 
 
 
 
 
 
もちろん「単純にネタが面白くない」という方もいると思いますが笑、 
今回の話は、面白いか・面白いか ではなく、 
許容できるか・できないか の話です。 
 
(ただ、上記の抽象度で捉えていることにより、 
 「面白くない」と思い込むことで、 
 潜在的に違和感を取り消している可能性もあったりします。) 
 
 
 
 
 
そんな中、 
このネタはご存知の通り、 
今すごく話題になっています^ ^ 
 
なので、 
柔軟な思考の人達によって、このネタが受け入れられ、 
面白いと評価されたことによって、一気に拡散したということになります。 
 
 
 
 
 
 
 
じゃあ、 
 
そんな柔軟な思考を持っている人と、 
単純に反発する人とは、何が違うのか? 
 
と言うと、 
 
 
抽象度を上げて考えられるか、考えられないか? 
 
ということだと僕は思います。 
 
 
 
 
 
どういうことかというと、 
 
例えば、 
『お笑い芸人』を抽象度を上げて考えてみます。 
 
 
つまり、 
「そもそも『お笑い芸人』って何?」 
ということを考えることになります。 
 
 
 
 
 
そうすると、 
『お笑い芸人』の役割とは 
「人を楽しませること・笑わせること」だと思うんですよね。 
 
 
すなわち、『お笑い芸人』は、 
抽象度を上げて考えると、 
『エンターテイナー』だと思うんです。 
 
 
 
 
 
 
 
ということは、逆に考えると、 
『エンターテイナー』である以上、 
 
本来の『お笑い芸人』の枠を 
超えるパフォーマンスをしても、全くもってOKなわけで、 
 
「人を楽しませること・笑わせること」 
の役割を満たせば、手段はなんでもいいことになります。 
 
 
 
 
 
 
 
 
「〜〜〜するべき」「〜〜〜しないといけない」 
という思考で自分や周りを縛ることで、 
 
抽象度を低く考えてしまい、 
許容範囲が狭くなっていきます。 
 
 
 
 
もし、オリラジさん自身が 
「自分はお笑い芸人なんだから、お笑い芸をやらないといけないんだ」 
と思っていたら、 
多分、今回の『PERFECT HUMAN』は生まれなかったと思います。 
 
 
 
 
 
 
 
僕は、これからのビジネスには、 
こういった「抽象度を上げる」ことによる思考が 
非常に大事になってくると思っています。 
 
 
「この肩書きだから、〜〜はしてはいけない、〜〜をするべき」 
「自分は〜〜として生きているから、〜〜をしないといけない」 
 
こんな感じで、 
自分を縛って考えていると、 
延長線上のアイデアしか生まれないし、延長線上の行動しかできません。 
 
もっと世界は広いはずなので、これはもったいない訳です。 
 
 
 
 
 
それよりも、 
 
一旦、自分のビジネスや仕事、責務などを 
抽象度を高くして考える、 
 
つまり、 
「なぜそれを行っているのか?」「それを行うことの役割は何か?」 
という、そもそもの目的を考えることで、 
 
自分が縛っていた範囲を超えた 
一段抽象度の高い視点から、 
思考やアイデア、行動ができると思っています。 
 
 
 
 
 
 
そして、自分のことのみならず、 
 
自分の周りにいる人を見るときも 
抽象度の高い視点で見ることで、 
 
今までとは違った視点で、その方を見ることができたり、 
許容し、より応援することができたり、 
 
別の方向で、一緒に仕事や活動ができるかもしれません。 
 
 
 
つまり、 
 
柔軟な思考、アイデア、 
そして、許容力、フラットな視野 
 
を手に入れられる、ということです^ ^ 
 
 
 
 
 
 
これは、 
自分自身を見るときや 
自分の周りを見るときにおいても 
 
お得に作用するので、 
押さえておいていただきたいことです。 
 
 
 
 
 
 
それにしてもオリラジは 
 
武勇伝から始まり、 
藤森さんのチャラ男などもヒットし 
今回のPERFECT HUMANでもまたヒットし、 
 
と、そのアイデアの柔軟性が凄いですよね^o^ 
 
 
 
 
こんな風に 
日常の話題から学べることは沢山あると思います。 
 
 
 
それでは、ありがとうございました。 
 
 

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